【ロンドン編】ビスポークテーラー奮闘記④

最高の一着とは

 

テーラリングとプログラミングは似ているところがあると思います。

構築する過程の中に、ある程度の決まりがあり、そのルールの中でゼロから築き上げていくところ、そして常に時代と共に進化していくところです。

高専時代もプログラミングの授業は好きでしたので、無意識にそういうものに惹かれていたのかもしれません。

組み立てる順番さえわかれば、無限の可能性が広がっていく•••

どちらも奥深い分野だと思います。

 

ある日、師匠であるピノに「今まで作ったビスポークの中で最高の1着はどれ?」と質問したことがありました。

 

それに対してピノは「Next one」と答えたのです。

 「テーラーは一生勉強なんだよ」 と。

 

ピノにとって最高の1着は常に更新されているのです。

 

当時のピノの年齢はもう80歳に近かったと思います。

テーラーの学びに終わりはないという想いを軸に、いつまでも最高級を追求する姿勢と惜しまない努力に心が震えました。

そんなピノの下で修行する日々を過ごしながら、通っていたロンドンカレッジオブファッションを無事に卒業することが出来ました。

 

 
《ロンドンカレッジオブファッションでのレポート。作り方の手順を自分で作成。授業中はメモし、その後レポートとして自分でまとめて提出》
 
《授業で使っていたボタンホールの練習の写真》
 
《ロンドンカレッジオブファッションで学んだノートの一部。型紙の引き方の設計図。すべて計算しながら型紙を引いていく》
 
《ロンドンカレッジオブファッションを卒業したらもらえる資格、ABCアワード》
 
《ハーディーエイミスで働いた証明書》

 

 

二人目の師匠

 

2年間ハーディーエイミスで修行した後、ご縁があり、キルガー(Kilgour)を紹介してもらうことになりました。

入社テストを受けて無事に合格できましたので、これからはキルガーで働くことに。

 

そんな新天地、キルガーで出会ったのが

鬼師匠スタンレーでした。

 

 

《当時の写真。右がスタンレー、左は同期のモリーです》

 

スタンレーは、キルガーの仕事だけでなく、ハンツマン(HUNTSMAN)リチャードジェイムス(RICHARD JAMES)、ギーヴスアンドホークス(GIEVES&HAWKES)など名だたるテーラーからの仕事の依頼も受けている人気テーラーです。

実はあの有名なスパイアクション映画、「キングスマン」の衣装を手掛けているひとりでもあります。

 

スタンレーは、一見優しそうなビジュアルからは想像できない程仕事に厳しい師匠でした。

毎日怒鳴られ、物(ハサミや定規など)を投げられ正直辛い日々でした。

テーラリングの技術を一通り学んでいたとしても、職人毎にやり方が違うため、スタンレーのやり方をまた一から学び直し、その通りにする必要があったのです。(こんなところもプログラミングっぽさを感じます)

もちろん優しく手取り足取り教える…なんてことは一切ありませんでした。

 

スタンレーと職人技

 

職人といえば、頑固・口下手…などステレオタイプのイメージがありますよね。

「何故職人はやり方を口で教えてくれないのか」

「見て覚えろなんて時間の無駄じゃないか?」

 こういった職人への疑問や不満もあると思います。

 

その答えとして、

職人技は、口で教えたような小手先の技術だけでは成り立ちません。

ものづくりの際のその視線や姿勢、物の置き方、タイミング、スピード、まずは全てを真似することから始まるのです。

これが出来てからがスタート地点です。

 

スタンレーの技術は、たくさんの経験により培ったものでした。

一朝一夕で出来上がったものではないのです。

荒川はこれをスタンレーの修行で理解しました。

まずは、真似すること。

そして数をこなして経験を積んでいくこと。

スタンレーの厳しい修行に耐え切れず、次々と辞めていく同僚に目もくれず、荒川は日々の修行に必至に食らいつきました。

 

スタンレーは、スピード感も大事にしていました。 

ビスポークは丁寧にゆっくり作っていくようなイメージを持っている方もいるかもしれませんが、実はテーラーの仕事は勢いと流れと集中力が大切です。

スタンレーの勢いのあるビスポークは立体感と迫力がありました。

ビスポークとは、まさに命を吹き込んでいくような、パワフルなものづくりなのです。

  

職人になるには根性が要ります。

かなり適正の分かれる職業と言えるでしょう。

そんな厳しい修行の日々でしたが、荒川は辞めたいと思ったことは一度もありませんでした。

元々ものづくりが好きでしたし、スタンレーは恐いけどなによりもとても腕の良い、信頼できる師匠でした。

 

それにスタンレーは仕事以外ではとても優しい人でした。

仕事終わりにはロンドンの有名な中華料理店、WangKei(ウォンケイ)によく一緒に食事に行きました。そして週末にはパブに飲みに行くのがお決まりの流れとなっていました。

他にも、荒川を自宅に招待してくれて、食事でおもてなしをしてくれたこともありました。

《最高に美味しいけど接客は雑な、今でも大好きな中華料理店です。》

 

スタンレーにはかわいい娘が二人いて、長女はスタンレーと同じくテーラーを生業としています。

娘からも尊敬されている素晴らしいテーラーです。

スタンレーとのたくさんの思い出は色褪せません。

《2018年8月の写真。今でも仲良しです。》

 

 

ピノとスタンレー、全然違うタイプの2人の職人と出会い、ますますビスポークの魅力に惹かれていく荒川。

こうして、ビスポークテーラーになる道を選択していくのでした。

テーラーというものを、ピノは「Life」として、スタンレーは「Job」として捉えており、それぞれの精神が荒川の人生と仕事に今も根付いています。

 

 

続く。

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